横山裕さんがこれまで語ってこなかった「家族の絆」。
実は、シングルマザーのもとで育ち、年の離れた弟たちを“親代わり”として支えてきた壮絶な過去があったのです。
本記事では、母との別れ、弟との生活、そして感動の結婚式エピソードまで、涙なしでは読めない感動のストーリーをわかりやすくまとめました。
なぜ彼は“努力の人”と呼ばれるのか?
その答えは、家族との深い絆と、隠された苦労の中にありました。
この記事を読むことで、横山裕さんの“もうひとつの素顔”がきっと見えてきます。
横山裕の家族構成|母子家庭で育った3人兄弟の絆
父親不在の中で育った背景とは?
横山裕さんの父親は、彼が幼い頃に家庭を離れました。
詳しい理由は語られていませんが、それ以来、母親が女手一つで家計を支えてきたとされています。
3人の子どもを育てるため、朝から晩まで働き続けた母親。
横山さんは小学校低学年の頃から、「自分がしっかりしなきゃ」と感じていたと語っています。
その中でも、弟たちはまだ小さく、甘えたい盛り。
そんな弟たちの面倒を見るうちに、自然と“兄”ではなく“父親的存在”としての役割を担うようになったといいます。
家庭では、食事の準備や弟の世話、勉強を見ることも当たり前。
まるで保護者のような存在として、横山さんは家族を支え続けました。
「子どもらしい時間なんてなかった」
そう語る過去は、今の横山さんの落ち着いた雰囲気や責任感に通じています。
このような家庭環境で育ったことが、後に“親代わり”として弟たちを支える覚悟に繋がっていきます。
母親と弟2人との関係
横山裕さんは、大阪府で生まれ育ちました。
幼い頃に両親が離婚し、以後は母親のもとで育てられました。
その後、母親は再婚し、異父兄弟となる弟が2人誕生。
二男のツトムさんとは6歳差、三男のミツルさんとは8歳差です。
複雑な家庭環境の中でも、横山さんは母と弟たちとの生活を守るため、思春期の頃から“兄”というより“家族の大黒柱”としての意識を強く持っていたと語られています。
中学を卒業すると、高校には進学せずに建設会社に就職。
「家計を支えるために、すぐ働こうと思った」と明かしており、制服代や弟たちの学費、生活費の足しにするために、現場で汗を流す日々が続きました。
その傍らで母親が履歴書を送ったことをきっかけに、旧ジャニーズ事務所(現:STARTO ENTERTAINMENT)に所属。
芸能界入りしてからも、弟たちの面倒を見続ける生活は変わりませんでした。
朝は仕事、夜は弟たちのお風呂や食事の支度。
運動会や学校行事には横山さんが付き添うこともあり、「自分が父親のように育てなければ」と感じていたといいます。
「当時は大変やった。でも、弟たちは守らなあかん存在やった」
そんな彼の一言には、ただの“優しい兄”ではない、責任と愛情がにじみ出ています。
このようにして育まれた兄弟の絆は、母の死後も続いていくことになります。
母親との別れと壮絶な最期|病気と死因の真相
母の病気が発覚した時期と闘病生活
母親との別れは、横山裕さんにとって人生最大の悲しみだったといえるでしょう。
若くして家族の大黒柱となった彼にとって、母の存在は支えであり、目標でもありました。
母親にがんが見つかったのは、横山さんが芸能活動を軌道に乗せ始めた頃のこと。
手術は成功したものの、母は昼夜問わず働き詰めの生活を続けていたといいます。
当時を振り返り、横山さんは「オカンと弟たちのためにも、この道で成功したいと思った」と語っています。
仕事に励むことでしか、家族を守る方法がなかったのでしょう。
「アイドルという仕事に夢中になれたのは、母が背中を押してくれたから」
そんな想いが、彼をさらに強くしていきました。
やがて病状は落ち着いたかのように見えましたが、母の体は徐々に限界を迎えていたようです。
横山さんにとって、“時間がある時に母と過ごす”という選択肢は、芸能界で成功する覚悟と常に葛藤していたに違いありません。
次は、最愛の母との突然の別れ、そして弟の記憶喪失という衝撃的な出来事に迫っていきます。
横山裕が明かした「最期の瞬間」との向き合い方
2010年5月16日、青森でのコンサート直前。
横山裕さんのもとに、弟のツトムさんから1本の電話が入りました。
「母が倒れた」――。
その知らせを受けた直後、母親は虚血性心疾患で息を引き取りました。
横山さんはその場で現実を受け止めきれず、死に目にも立ち会えなかった悔しさを今も胸に残しているそうです。
さらにその後、ショックを受けた弟・ツトムさんが倒れ、記憶を一時的に失ってしまうという悲劇も重なりました。
奇しくもその日のコンサートでは、母への思いを綴った楽曲『オニギシ』がセットリストに入っていました。
“母のために歌ったその歌が、まさに母を見送る歌になるなんて”
そんな運命の重なりが、横山さんの心に深く刻まれることになります。
亡くなった後も母の姿は日々の中にあり、芸能活動の支えにもなっていると語る横山さん。
朝ドラ出演時、仏壇の前で涙を流したのも、「母と重なったから」だと明かしています。
突然の別れにもかかわらず、彼は母の意志を受け継ぎ、弟たちと共に生きる道を選びました。
次は、母を亡くした後に“親代わり”として歩み出した横山裕さんの覚悟に迫っていきます。
親代わりとなった横山裕|弟を育てた覚悟とは
母の死後、弟たちと暮らした日々
母を亡くしたあと、横山裕さんはまだ若いながらも“親代わり”としての人生を歩み始めました。
父親は不在、母もいない――そんな状況で、残された弟2人を支える覚悟を決めたのです。
当時、横山さんは人気アイドルとして多忙を極めていました。
それでも自宅では、長男として家事をこなし、弟たちの生活を整える日々を送りました。
食事の準備から洗濯、学校行事への参加まで、できる限りのことを手を抜かずに行っていたといいます。
その一方で、仕事の現場では誰にも家庭のことを話さず、すべてを背負いながら表舞台に立ち続けました。
弟のツトムさんは社会人に、ミツルさんは税理士に成長。
その大学進学費用は、すべて横山さんが工面したと報じられています。
彼は過去のインタビューで「弟たちが笑っていられるなら、それでええねん」と語ったこともあり、家族の幸せを何よりも優先してきた姿勢がうかがえます。
その生き方は、まさに“アイドル”ではなく、1人の人間としての誠実さそのもの。
見えないところで家族を支え続けた日々が、今の横山裕という人物を形づくっているのです。
次は、そんな弟たちの成長と、感動の結婚式エピソードに迫っていきます。
弟の結婚式で号泣|トランペットに込めた兄の想い
弟の結婚式で見せた涙とサプライズ演奏
2016年6月18日、横山裕さんにとって「人生で一番長かった日」と語る出来事がありました。
それは、6歳下の弟・ツトムさんの結婚式です。
この日のために、横山さんは約3か月間、仕事の合間を縫ってトランペットの練習を重ねてきました。
準備した楽曲は、福山雅治さんの『家族になろうよ』。
亡き母への想いと、弟の門出を祝う気持ちが重なった、特別な1曲でした。
サプライズ演奏の直前、弟のツトムさんから感謝の手紙が読み上げられ、横山さんは堪えきれずに涙。
実際のVTR映像でも、「むちゃくちゃ泣いてたな、この時」と振り返っています。
披露宴には、三男のミツルさんも同席しており、3人の兄弟が揃って迎えたこの日。
会場は感動に包まれ、多くの参列者がその姿に涙を流したといいます。
“親代わり”として育ててきた弟の晴れ姿。
その瞬間は、横山裕さんにとっても、家族としての努力と愛情が報われた瞬間だったのでしょう。
兄として、親として、アイドルとして。
すべての役割を背負ってきた横山裕さんの生き様は、この日ひとつの大きな節目を迎えたのです。
このあとは、そんな横山裕さん自身が歩んだ努力の軌跡に迫っていきます。
高校進学を諦めた理由と“努力の人”と呼ばれるまで
中卒で働き出した過去と芸能界入りのきっかけ
横山裕さんは、中学卒業後すぐに高校進学を諦め、建設会社に就職しました。
それは、家計を助けるために「1日でも早く働かないといけなかった」からだと明かしています。
当時はニッカポッカ姿で仕事をしており、現場から直接テレビ局へ向かうこともあったそう。
「ニッカポッカで楽屋入りして、めっちゃ怒られたこともある」と、バラエティ番組で語っていました。
そんな中、母親がジャニーズ事務所に履歴書を送ったことがきっかけで芸能界入り。
最初は戸惑いもあったものの、「この道で成功すれば家族を支えられる」と思い、芸能の仕事に真剣に取り組むようになります。
現場仕事と芸能活動の両立は、想像を絶するハードさでした。
ですが、弟たちの笑顔と、母親の応援を胸に、横山さんは一歩ずつ着実に前進していきます。
そして2015年、番組企画をきっかけに高卒認定試験に挑戦。
多忙なスケジュールの合間を縫って猛勉強し、見事一発合格を果たしました。
ファンの間では“努力の人”と称され、その人柄とストイックさが多くの共感を集めています。
地道に積み上げてきたその歩みこそが、現在の横山裕さんの土台となっているのです。
まとめ
今回の記事では、横山裕さんの家族にまつわる感動的なエピソードをご紹介しました。
以下に要点をまとめます。
- 横山裕さんはシングルマザーのもとで弟2人と育ち、中卒で建設業に就職
- 母親の死後、兄として弟たちを支えながら芸能界で活躍
- 弟の結婚式では3か月間の練習を重ね、トランペットで感動のサプライズを披露
- 高卒認定試験に一発合格し、“努力の人”としても称賛される存在に
家庭を支え、弟たちの未来を切り開いてきた横山裕さんの人生は、まさに“人間力”の塊です。
芸能人としての姿だけでなく、1人の兄としての顔に多くの人が心を打たれる理由がよくわかります。
この記事を読んで、横山さんの背景を知ったことで、彼の出演作品や活動をより深く感じられるきっかけになれば幸いです。
今後も、そんな“優しさと努力”を重ね続ける横山裕さんの活躍に注目していきましょう!